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INTERVIEW

INTERVIEW#04

氷彫刻家 岡本慎太郎さん

目の前のものに精いっぱい向き合うこと。 仲間をリスペクトすること。 本当にそれだけで、道はひらけます。

デュアル エア ダウンのCMでペンギンの氷像を彫り上げているのは、ニューヨーク在住の氷彫刻家 岡本慎太郎さん。
数々の一流企業をクライアントに持つOKAMOTO STUDIOが生み出す作品は、豪快にして繊細で、
一目で惹きつける輝きと魅力を放っている。
岡本慎太郎さんに、ニューヨークアートシーンの最前線で活躍し続けることの意義や、氷の魅力について語ってもらった。

OKAMOTO STUDIOの強みとなるアートの才能は、少年時代から培われた

慎太郎さんが9歳の時、福岡から一家でアラスカへ移住。周囲との言葉によるコミュニケーションもままならない中、絵の才能を開花させた慎太郎さんは、数々のコンクールで受賞。ギフテッド教育を受けてその才能を磨いていく。

―ブラウン大学では、医学と美術の両方を勉強されていたと伺いました。アーティストの道を選ばれたきっかけは何ですか?

人物画を描くうちに興味を持って進んだ医学の世界でしたが、いつも美術と半分半分になってしまう罪悪感とストレスがありました。両立は最後の最後まで頑張ったんですが、ある日突然「あ、僕はなにかモノを作って生きていかなきゃいけないんだな」っていうのが自然に湧いてきて。スタジオでなにかを作ることへの満足感や、チャレンジしていきたい素直な気持ちの方が、自分にとってすごく自然だったんです。 親父の影響もありましたね。絵を描いて彫刻も作って、ビジネスもいろいろやってた人で、常に誰かのために何かを作ってました。そういう男像を見てきたから、僕も自分の技術で食っていくことへの関心があったし、エデュケーションを通じて自信もつけさせてもらったので。

―お父様の武夫さんは、アラスカで日本食レストランを経営しながら氷彫刻を続けていたそうですね。一緒にニューヨークでOKAMOTO STUDIOを立ち上げた経緯を教えてください。

僕は中学高校時代からずっと氷彫刻のパートナーだったし、大学在学中もデザインはほとんど僕がやってました。僕がペインティングでのマスターズプログラムが終了するタイミングで、両親もレストラン経営の転機を迎えて、何か違うことをしたいと。僕はニューヨークに住んでいて、両親もニューヨークが大好きだったから一緒にやろうかと話してたんです。
氷彫刻ってニューヨークではどうなんだろうと見てみると、クオリティはあまり高くなくて、でもイベント業界では常にハイクオリティで新しいものを追ってる世界があって。親父の技術とノウハウに、僕が体得したアートのセンスと説明スキルを掛け合わせて、新しいものに昇華することができると思い、2003年にスタジオを始めました。まずはフリーザーを買って設備をセットアップして、過去の作品を見せるウェブサイトを作りました。

―軌道に乗るまでは、不安や苦労もあったのでしょうか?

最初はとにかく見てもらうことが大事だと考えて、パーティー主催者から寄付を依頼されたらとにかく寄贈していました。立ち上げてからの6か月くらいは、ひたすらシビアにそれを続けてましたね。
僕達の作る作品のクオリティとサービスに自信があったので。日本人の心にあるサービスの感性――最初から最後までちゃんと見届けるとか、ものに対するプライドとか。いい仕事する自信は十分にありました。スモールビジネスのオーナーとして、そこが一番の境目だと思うんですよね。皆はスモールビジネスというとリスク面を口にするけど、僕はいつも絶対にいいものを作って届ける自信があって、これほどの安心感はない。だからそれがどこかへ繋がっていくまで、目の前のことを大切にやり続けて待つだけでした。

―立ち上げから半年ほどで、「行ける」と確信された瞬間が来たんですね。

はい、ひとりひとりファンを増やしていった頃、最初に来てくれたお客さんが素晴らしいプランナーで。そこを通して繋がったクライアント達は、ファッション関係でもデザイン関係でも建築関係でも、それからプライベートなイベントでも、本当に一流の人達だった。やっぱりニューヨークだなと。
ニューヨークって小さな島なので、口コミがすごく大切なんですよね。そうやってトップの人達にサポートしてもらえたことで、いい仕事がどんどん入ってきて、いいところに行けたって感じです。

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